京都地方裁判所 昭和55年(ワ)1819号 判決 1981年9月09日
原告
玉村恵美
被告
松井利夫
ほか一名
主文
被告松井利夫は原告に対し金九四七万九〇八二円及び内金八五七万九〇八二円に対する昭和五五年一一月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告の被告株式会社宇治川ブロツク工業に対する請求及び被告松井利夫に対するその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用はこれを四分し、その一を被告松井利夫の、その三を原告の負担とする。
この判決第一項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
被告らは各自原告に対し三七七五万四一五九円及びうち三五二五万四一五九円に対する昭和五五年一一月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
仮執行宣言
二 被告ら
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は次の交通事故により損害を被つた。
事故発生日 昭和五二年一一月二一日午前七時五分
事故発生場所 京都市伏見区下鳥羽広長町四九番地先交差点(国道一号線と通称八丁畷通との交差点)
加害車両 被告松井利夫運転の普通乗用車
被害者 原告
態様 原告が自転車に乗つて八丁畷通りを東進し前記信号機がなく交通整理の行われていない交差点を横断中加害車が南進してきてその前部を原告の自転車に衝突させた。
2 被告松井は前側方不注意、速度違反、徐行義務違反、交差点先入優先無視、ハンドルブレーキ操作不適当の過失があり自賠法三条民法七〇九条により、被告会社は被告松井の使用者で加害車を自己の業務のために運行していた運行供用者として自賠法三条及び民法七一五条により、それぞれ原告の損害を賠償する責任がある。
3(一)(1) 原告は、右事故により両大腿骨骨折、右肘関節打僕、骨盤骨折、両膝打僕捻挫、左肘骨骨折、両腓骨骨折、門歯一本骨折、輸血後肝炎の傷害を受け、
(2) 医仁会武田病院に昭和五二年一一月二一日から同五三年六月三〇日まで二二二日間入院し、退院後同五四年五月一一日までに四日通院し、
(3) 京都桂病院に昭和五三年七月一日から同五四年三月二日まで二四五日間入院し、退院後同五五年九月二四日までに治療のため七〇日、投薬のため七〇日通院し、
(4) 塩月デンタルクリニツクに昭和五四年三月二七日から同年五月一八日までに一二日通院し、
(5) 京都大学医学部付属病院に昭和五五年一月一六日から同年二月一〇日まで二六日間入院し、同五四年五月二八日から同五五年九月五日までに三〇日通院した。
(6) 現在なお整形外科手術の必要があるが肝炎のため白血球が激減し手術不能の状態にあり症状悪化防止のため桂病院、京大病院に通院し治療を受けている。
(7) 後遺症として、骨盤変形と仙骨の後方突出、右大腿骨四〇度外旋変形、右下肢一センチメートル短縮、左右の膝付近、大腿部、臀部、手に傷痕が残り自賠法施行令所定の九級一六号、一〇級一一号、一三級九号に該当し、同令二条一項二号二により八級に該当する後遺症として昭和五五年九月五日症状固定した。
(二) 損害額は次のとおりである。
1 休業損害 四九五万二二六四円。原告は昭和五二年一一月二一日から同五五年九月五日まで三三か月一五日間全く稼働できず二七歳女子平均賃金一か月一四万七九〇〇円の割合による合計額。
2 後遺症による逸失利益 一七〇一万八六四五円。
労働能力喪失率四五パーセント、稼働期間二八歳から六七歳まで三九年間、そのホフマン係数二一・三〇九、二八歳女子平均賃金年額一七七万四八〇〇円による合計額。
3 慰藉料 一一二二万円。うち後遺障害によるもの六七二万円、入通院中のもの四五〇万円。
4 療養費 三二九万七一八円(左記費用を含む。)
入院付添費 一四七万九〇〇〇円(一日三〇〇〇円の割合による四九三日分)
入院雑費 四九万三〇〇〇円(一日一〇〇〇円の割合による四九三日分)
病院の指示による補食 六万九〇三八円
治療費及び病院の指示による医療器具代 二六万八九三〇円
交通費 五〇万八九〇〇円
うち本人分 八万四三五〇円
家族分 四二万四五五〇円
5 自転車修理費 三万円
6 弁護士費用 二五〇万円
(三) 原告は被告らから一二五万七四六八円の支払を受けたから、これを右損害額から控除する。
4 よつて、原告は被告らに対し各自三七七五万四一五九円及びうち弁護士費用を除く三五二五万四一五九円に対する本件事故後である昭和五五年一一月二九日から右支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告らの答弁及び主張
1 請求原因1の事実は認める。同2のうち、被告会社が被告松井の使用者であつたことは認め、その余は争う。同3のうち、(一)(1)及び(三)の事実を認め、その余は知らない。同4は争う。
2(一) 事故当時、事故現場は北約三〇メートルにある大手筋交差点の赤信号により北行二車線上の車両は数珠つなぎ状態で停止しその列は事故現場交差点に及んでいた。被告車は南行信号が先に青に変つたので南進を始めたところ、原告は自転車に乗つたまま東へ走り抜けようとし北向に停車中の大型トラツクの後方から突然南行車線上に飛出してきて衝突したのであるから原告には過失があり過失相殺されるべきである。
(二) 被告松井は原告に対し、入院雑費、通院交通費、休業損害、京都大学付属病院入院費用の内金として一二五万七四六八円を支払つた外、治療費として第二武田病院に二五〇万二七〇二円、京都桂病院に一〇〇万二四〇一円、国民健康保険の保険者負担分として京都市に一一五万二三四三円を支払つており、以上合計支払額は五九一万四九一四円である。
(三) 加害車両は被告松井の所有で通勤のために使用していただけであるから被告会社には責任がない。
三 被告らの主張に対する原告の認否
被告らの主張2(一)を争う。同(二)は認める。
第三証拠〔略〕
理由
一 (交通事故の発生と責任)昭和五二年一一月二一日午前七時五分頃京都市伏見区下鳥羽広長町四九番地先の信号機がなく交通整理の行われていない交差点で原告が自転車に乗つて通称八丁畷通りを東進横断しようとして国道一号線南行車線上に至つたとき国道を南進してきていた被告松井利夫運転の普通乗用自動車(加害車)と衝突し傷害を負つたことは当事者間に争いがなく、右事実と成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証、原告本人尋問の結果により成立を認める甲第三号証、当裁判所による調査嘱託に対する回答書、原告・被告松井利夫各本人尋問の結果を総合すると次の事実を認めることができる。
本件交通事故現場は南北に通ずる幅員約一三・八メートル(南北各車線幅六・九メートル宛。各二車線。)の国道一号線(制限速度六〇キロメートル毎時)と東西に通ずる府道伏見柳谷高槻線(通称八丁畷通り。幅員はほぼ右一号線の半分。)との交差点南行内側車線上であり、右国道は平素から交通量は極めて多く折柄通勤時間で北行二車線は渋滞し北方約一〇〇メートルにある大手筋交差点北行信号が赤であつたため北行車両が二列に数珠つなぎに停止していた。事故現場交差点は交通整理が行われておらず危険なところであることから終日車両(軽車両を含む)の八丁畷通りからの直進、右折が禁止されていた。原告は、八丁畷通りを東進して右交差点を横断直進しようとして左(北)方向をみたところ、右大手筋交差点の北行信号が赤であり北行車両がすべて停止していたため交差点に入り北行車線上に停止していた貨物自動車の後方を通過しその後左(北)方の安全を十分確かめることなく南進車両もないものと軽信して右事故地点に入つて被告車と衝突した。
被告松井は自己所有の加害車を運転し勤務先の被告会社に出勤する途中国道一号線を南進して事故現場北方の前記大手筋交差点に差しかかり停止信号で停車した後南行直進可の信号がでた(赤信号の下に青矢印の表示。ただし北行信号は赤のまま。)ので発進し南行内側車線を時速約六五キロメートルで直進南行したところ、北行車線で停止していた貨物自動車の後方から自己の進路前方に突然原告の乗つた自転車が現われたので、慌わてて直ちに急停止の措置をとり左へ転把したが間に合わず自車前部を原告の自転車側面に衝突させて原告に後記傷害を与えた。被告松井は加害車両を専ら通勤用に使用していて被告会社の業務用に使用することはなかつた。
以上の事実を認めることができ他にこれを左右するに足りる証拠はない。
右事実によると、被告松井は加害車両の所有者であるところ、渋滞し数珠つなぎに停止していた対向車線に沿つて進行する場合常に右前方に注意し適度の速度で進行すべき注意義務があつたのにかかわらずこれを怠り時速六五キロメートルで進行したため原告の発見が遅れこれを回避する余裕のないまま衝突させたから過失があるものというべく、従つて被害者の生命身体に及ぼした損害につき自賠法三条により、物損につき民法七〇九条により賠償すべき責任がある。他方、原告もまた交通量が多く交通整理の行われていないこともあつて東へ直進横断することが禁じられている極めて危険な交差点であり右交通規制の行われていることを知らなかつたとしても西側北行車線上に停止している車の後方から東側南行車線上に出る場合南進車の有無を十分確かめるべきであつたのにこれを怠り大手筋交差点の北行信号が赤であり北行車両が停止していることから東へ直進横断しても安全であると軽信し南進車の有無を十分確かめることなく南行車線上に飛び出したのであるから過失があり、以上の諸事情を総合考慮すると双方の過失割合は原告四、被告松井六とするのが相当である。
しかしながら、被告会社は加害車両の保有者ではなくその運行の用に供していたものとは認められないから、原告の被告会社に対する請求は失当である。
二 (損害)原告が右事故により両大腿骨、骨盤、左肘骨、両腓骨、門歯一本の各骨折、右肘関節打撲、両膝打撲捻挫、輸血後肝炎の各傷害を負つたことは当事者間に争いがなく、右事実と成立に争いのない甲第四ないし第七号証、同第八号証の一、二、同第九号証、同第一一号証の一ないし四、乙第二号証の一ないし六、同第三号証の一ないし五、原告本人尋問の結果により成立を認める甲第一〇号証の一ないし四七、同第一二号証、同第一三号証の一、二及び右本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件事故と相当因果関係ある損害及びその額を次のとおり認めることができる。
1 原告は本件事故により、
(一) 京都市伏見区石田森南町二八の一医療法人医仁会武田病院に昭和五二年一一月二一日から同五三年七月一日まで二一二日間入院し、同月二日から同五四年五月一一日まで(実治療日数四日)通院し、
(二) 同市西京区山田平尾町一七京都桂病院に昭和五三年七月一日から同五四年三月二日まで二四五日間入院し、同月八日から同五五年九月二四日まで(実治療日数七〇日)通院し、
(三) 大阪府高槻市紺屋町三―一―三二二塩月デンタルクリニツクに昭和五四年三月二七日から同年五月一八日まで(実治療日数一二日)通院し、歯の治療を受け、
(四) 京都市左京区聖護院川原町五四京都大学医学部付属病院整形外科に昭和五五年一月一六日から同年二月一〇日まで二六日間入院し、同五四年五月二八日から同五五年九月五日まで(実治療日数三〇日)通院して治療を受けた。
(五) 昭和五五年九月五日症状固定したが、臀部、膝部、肢部に瘢痕が残り、右下肢一センチメートル短縮、右大腿骨四〇度外旋変形、仙骨後方突出がみられ、これらにより将来の出産異常が予測されまた跛行することによつて歩行が著しく障害されている。
2 損害額は次のとおりである。
(一) 逸失利益 原告は昭和二六年一二月二二日生れ事故当時二七歳の健康な女子で同志社大学外国語研究室に勤務し月収一〇万円を得ていた。労働能力喪失割合は、昭和五二年一一月二一日から同五五年二月一〇日まで二年と八二日間一〇〇パーセント、同年二月一一日から六七歳まで三八年間三五パーセント、その間のホフマン係数二〇・九七とするのが相当でありその合計額は一一四八万七三三円である。
<省略>
10万×12×0.35×20.97=880万7,400
<1>+<2>=1,148万0,733
(二) 入院付添費 一日当り少くとも三〇〇〇円を要し入院期間中四五七日間付添を要したのでその合計額一三七万一〇〇〇円。
(三) 入院雑費 入院期間四八三日間について栄養補給費を含む諸雑費一日当り少くとも平均一〇〇〇円を要したと認められるのでその合計額四八万三〇〇〇円。
(四) 治療費及び病院の指示による医療器具代金 三七七万三二〇七円(ただし、文書料は含まない。)。
(五) 通院交通費 通院一日について少くとも四二〇円、通院日数一一六日分の合計四万八七二〇円。原告は、これを超える交通費(入院期間中のタクシー代金を含む。)を請求しその提出するタクシー料金領収書(甲第一五号証の一ないし二一三)、メモ帳(同第一四号証)等によると、右認定額以上の出費をしていることは認められるけれども、右証拠によつては誰が如何なる必要に基づいて使用した料金か明らかではなく、右認定額(家族分については前記付添費)を超えて本件事故と相当因果関係ある必要交通費の額を認定するに足りる証拠がない。
(六) 慰藉料 本件事故の態様、被害者の負傷の程度、治療経過、後遺症の内容程度その他本件に顕われた事情を斟酌すれば原告が本件事故につき慰藉料として請求しうべき額は七〇〇万円とするのが相当である。
(七) 以上(一)ないし(六)の損害合計額は二四一五万六六六〇円となるところ、前記過失割合によりその四割を控除すると一四四九万三九九六円となる。そして、原告が右損害に対し合計五九一万四九一四円の支払を受けていることは当事者間に争いのないところであるからこれを控除するとその残額は八五七万九〇八二円となる。
原告は、自転車修理費その他右認定額以外の損害が生じている旨主張するけれどもこれを認めるべき証拠がない。
(八) 弁護士費用 原告が本件訴訟の遂行を弁護士に委任していることは記録上明らかであり、本件訴訟の内容経過、訴訟の難易、認容額その他の事情を勘案すると原告の支払う弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係ある損害として請求しうべき額は九〇万円をもつて相当とする。
三 よつて、原告の本訴請求のうち、被告松井に対し九四七万九〇八二円及びうち八五七万九〇八二円に対する本件事故後である昭和五五年一一月二九日から右支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉田秀文)